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特別コラム 第26回「地球にやさしい会社」について

コラム

2022年5月27日

特別コラム 第26回「地球にやさしい会社」について

こんにちは。ATC環境アドバイザーの立山裕二です。これまでエコプラザカレッジで環境経営やSDGsなどについてセミナー講師を務めさせていただいておりました。

今回は、「地球にやさしい会社」について前号よりも少し詳しく考えてみたいと思います。

■やさしいについて

「人にやさしい」とか「地球にやさしい」という表現が多く使われています。
しかし「何となく分かるようで分からない」という人も多いのではないでしょうか。

マーケティングの世界では、「あいまいな表現は消費者保護の観点から避けるべきだ」として「やさしい」という言葉が消えつつあります。「地球にやさしいなんて傲慢だ」という声もよく聞きます。

しかし本来「やさしい」とは、「周囲や相手に気を使ってひかえめである、つつましい、おだやかである、素直である、情け深い」、というように「思いやり」を表す言葉です。その中には、傲慢さなど少しも感じません(少なくとも私には)。

古語辞典で「やさしい」を調べてみると、「やせるほど恥ずかしい」と書いてありますこれが日本古来の意味です。やせるほど恥ずかしい気持ちで「どうしよう、今できることは何だろうか」と悩み、苦しみ、そして心から「憂いた人」。このような人を「優しい人」と言うのでしょう。

つまり、「地球にやさしい」とは、地球に対する「(環境汚染や利己主義を蔓延させて)やせるほど恥ずかしい」という気持ちであり、「地球に優しい人」とは、「地球に対してやせるほど恥ずかしい、と憂いたすえに、本当の思いやりを持つようになった人」と言うことができると思います。

この特集では、ひんぱんに「地球にやさしい」という表現が出てきますが、このような意味だとお考えください。

■地球にやさしい会社とは?

地球にやさしい会社とは、前号の表現を借りると「地球に対して(環境汚染や利己主義を蔓延させて)やせるほど恥ずかしい、と憂いたすえに、本当の思いやりを持つようになった人たちが働いている会社」ということになります。

そういう意味で、「①地球環境問題に真剣に取り組んでいる会社」だけでなく、「②社会貢献を経営理念の最優先に掲げて実践している会社」、「③倫理的・道徳的・宗教的な使命感から、いわゆる“足るを知る経営”を実践している会社」などが「地球にやさしい会社」といえると思います。

これはSDGsカンパニー、つまり「サステナブルカンパニー」のイメージに近いと言えます。サステナブルカンパニーとは、①経済的にきちんと利益を上げ(経済貢献)、②環境に対して配慮し(環境貢献)、③社会に貢献(社会貢献)している会社のことです。

ちなみにこの①~③をまとめて「トリプルボトムライン(Triple Bottom Line)」といい、企業評価のための重要な指標になっています。近年、環境面だけを取り上げる「環境報告書」よりも、トリプルボトムラインを網羅した「サステナブルレポート(報告書)」が重視されるようになってきました。ここ数年は「SDGs報告書」を発行する会社や団体が増えてきました。

◆「サステナブル」について

ここで「サステナブル(Sustainable)」とは、「持続可能」という意味で使われることが一般的です。この言葉は、1987年に国連「環境と開発に関する世界委員会(通称:ブルントラント委員会)」が発表した『Our Common Future』という報告書で使われた「サステナブル・ディベロップメント(Sustainable Development)」に基づいています。

サステナブル・ディベロップメントは「持続可能な開発」と訳されていますが、同報告書は「将来の世代が自らの欲求を充足する能力をそこなうことなく、今日の世代の欲求を満たすような開発をいう」と定義しています。

◆「開発」とは?

もともと『開発』は仏教用語で「かいほつ」と読むそうです。以前は、「その土地やその人の特長を活かしきる」という意味で使われていたそうです。

現在使われている「開発」は本来「乱開発」と呼ばれるべきもので、「乱開発」によって、土地が根こそぎにされていることは衆知の通りです。私たちは、その地方特有の自然を活かした本当の意味での「開発」と、自然を根こそぎはぎ取り、巨大な建造物にとって変わらせる「乱開発」とを混同しているように思います。

◆「地球にやさしい会社」=「自己実現した会社」

報告書で「欲求」と言う言葉が使われていますが、ここで言う「欲求」とは何を意味するのでしょうか。

心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求は5段階のピラミッドのようになっていて、1段階目の欲求が満たされると順次1段階上の欲求を志すというものです。

マズローによると人間の欲求の段階は、①生理的欲求②安全の欲求③親和の欲求④自我の欲求⑤自己実現欲求からなっているとしています。

現在の地球環境の状況を見ると、②の安全の欲求どころか①の生理的欲求すら満たされていない人が多数存在しています(とくに途上国において)。また、このまま何も手を打たなければ、現在③~⑤に居る人の大部分も、真っ逆さまに最下段まで転げ落ちてくることになるでしょう。

このように考えると「今日の世代の欲求を満たすような開発」とは、破壊を意味する「物質的開発」ではなく、人間性や心の豊かさを開発する「精神性の開発(かいほつ)」でなければならないことが分かります。

◆自己実現の3条件

国際基督教大学の石川光男氏は、「自分らしく」「自分から」「まわりのために」を自己実現の3条件と明言されています。

「自分らしく」とは、人の真似をしないで個性を発揮すること。「自分から」とは、自分の努力で自主的に行動すること。そして「まわりのために」とは、自分の長所と特性を生かした「自分らしさ」を社会と自然と文化という3つの環境のために、積極的に役立てる生き方を自ら進んで行うこと、と述べておられます。

ここでいう「地球にやさしい会社」とは、まさに「自己実現した会社」ということができると思います。

◆ドイツは環境先進国、日本は環境後進国?

昔、あるドイツ人紳士から叱られたことがあります。

「日本人は、どうして環境についてドイツに学びに来るのだ。”ドイツは環境先進国”と思いこんでいるのでないのかい。

今、ドイツがそういう評価をもらっているのは、日本のお陰なんだよ。ドイツはかつて酸性雨によって、シュバルツバルトという森を失ってしまった。

今あるのは、全部人工林だよ。そこでようやくドイツ人は環境に目覚めたんだ。どうすればいいか模索していたとき、東洋の自然観に触れたのだ。それが循環という考え方だ。それをもとにしてできたのが、循環経済法という法律なのだ。そのほかにも”もったいない”とか、”足るを知る”という思想も学んだのだ。

日本はドイツよりも環境に関しては先進国だ。

その証拠に、今ドイツ人が実践していることは、すべて数十年前には日本で当たり前のことだったろう。量り売り、はだか売り、廃品回収・・・・それに、ドイツではマイバックを持ち歩いているが、日本には風呂敷という何にでも使える素晴らしい文化があるじゃないか。

日本人はもっと自信を持つべきだ。ドイツに来るのはいいが、その前におじいちゃん、おばあちゃんから学びなさいと。

歴史的事実の真偽はともかく、私は大きなショックを受けました。何か「とてつもなく大切な忘れ物」をしていたようで、深く反省しました。忘れていたことを思い出そうともがいていたまさにその時、あの阪神・淡路大震災が発生したのです。

◆ライフラインが切れた?

阪神・淡路大震災のときにマスコミは、「ライフラインが切れたので、被災地は大変な困難に直面している」と報道しました。しかし、私たちは避難所の中で「このコメントは何か変なのではないか」と話し合っていました。

ライフラインとは、「人と人とのつながり、人と自然とのつながり、自然と自然とのつながり、これらすべてのつながり」のことを言います。つまり「生命のつながり」です。しかし、あのとき切れたのは「電線などのケーブルライン、水道管やガス管などのパイプライン」、つまり切れたのは『物』なのです。

私たちは、「真のライフライン(生命のつながり)がとっくに切れていたために、あのような大惨事になったということを自覚すべきだ」と反省しました。後で分かったことですが、多くの被災者が同じように感じていたようです。

そして、「生命のつながり」が至るところで切れていることが、地球環境問題の根本原因ではないかと気づいたのです。いじめや差別なども同源だと思います。『生命のつながり』こそが、「とてつもなく大切な忘れ物」の正体だったのです。

先のドイツ人紳士は、このことを伝えたかったのではないかと思います。

ただし「つながり」とは、「信頼や愛」のことであって「束縛やしがらみ」ではありません。念のため。

次回からは、私が勝手に名づけた「グリーンクリエイターを育てる『環境共育』」について考えていきたいと思います。

コラム著者

サステナ・ハース代表、おおさかATCグリーンエコプラザ環境アドバイザー

立山 裕二