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特別コラム 第7回「伝え方の例①」

コラム

2020年10月31日

特別コラム 第7回「伝え方の例①」

こんにちは。ATC環境アドバイザーの立山裕二です。
これまでエコプラザカレッジで環境経営やSDGsなどについてセミナー講師を務めさせていただいておりました。

今回は「ビジネスとSDGsの関係」について書く予定でした。
しかし、「上司や後輩にどのように伝えて”自分事にしてもらえばいいのですか”」というご質問も多いのです。
そこで今回と次回の2回にわたって、「伝え方の例」について考えてみたいと思います。

たとえ話の効用

よくいただく質問は、「自分が理解したことをどうして他の人に分かってもらうか、何かアドバイスがあれば教えてください」というものです。

人それぞれなので、相手によって説明の仕方を変えるのがいいのですが、できるだけ多くの人に分かってもらえるような工夫も必要だと思います。

私は何かを説明する際、たとえ話をよく使います。
特に環境問題については、イメージしにくい事柄をイメージしやすくするという意味で、たとえ話は非常に有効だと実感しています。
いくつかを紹介しますので、自分でも創ってみてくださいね。

[たとえ話:その1]・・・・砂時計と地球の有限性

地球の有限性を実感してもらうには、「砂時計のたとえ」が分かりやすいと思います。

今、砂時計をひっくり返したとします。砂が流れ落ちています。計ってみると、1秒間に5グラム(5ミリリットルと考えてください)ずつ流れています。
さて、このままのスピードで砂が流れづけるとすると、この部屋が砂でいっぱいになるのは何日後でしょうか?

ところで、今、部屋の体積を求めようとしませんでしたか?部屋の縦・横・高さを掛け合わせて5ミリリットルで割る。算数の問題では正解ですね。

しかし、「砂時計の中に入っている砂がなくなれば、それで終わり」なのです。
「そんなの当たり前だ!」とか「バカにするな!」という声が聞こえてきそうですね。

しかし、現実を見てください。石油、淡水、鉱物資源、森林資源・・・・。
このままずっと存在し続けることはないと知っていながら、永遠に存在するかのように消費し続けているのではありませんか。

「今の状態が続くとすると」とあり得ない仮定を平然とやってのける経済学者も、「経済成長を永遠に続けなければならない」と錯覚している政治家や経営者も・・・・。「砂時計のたとえ」を笑い飛ばすことができるでしょうか。

砂時計に「容器中の砂の量」という制約条件があるように、この地球にも「資源量」「廃棄場所」「自浄能力」の有限性など、だれでも知っている「制約条件」があるのです。

[たとえ話:その2]・・・・生ゴミって何?

私は講演でよく「生ゴミが美しいと思う人はいますか?」と質問しますが、手を挙げた人は今のところいません。
反対に「生ゴミは汚いと思う人は?」と尋ねると、ほとんどの人が(何かウラがあるのではないかと疑いながらも)手を挙げます。

ここでイメージしてみましょう。
パーティーなどで目の前に「ごちそう」があって、みんなで「おいしい、おいしい!」といって食べています。
やがてパーティーが終わりに近づきます。しかし、「ごちそう」は食べきれずにたくさん残っています。
さて、みんなで「ごちそうさま」といった瞬間に、ごちそうが「生ゴミ」という名前に変わる。
どんな感じがしますか?

何か気づいたことはありますか?
「ごちそう」がなぜ突然、「生ゴミ」という名前に変わってしまうのでしょうか?

おそらく「生ゴミ」という名前を使った時点で「汚い」というイメージが湧き出てきて、捨てるという行為につながるのでしょう。
どうやら、多くの人は「生ゴミ」という言葉を聞くと、条件反射のようにこれらの「なれの果ての姿」を思い浮かべるようです。腐ってハエがたかり、悪臭がしている状態です。

しかし、そんなに汚いものならば、私たちは汚いものを食べていたことになります。
実際に「ごちそう」が「生ゴミ」という名前に変わった瞬間は、「ごちそう(ステーキはステーキ、ケーキはケーキ)」のままですね。

とにかく現状のままでは、「生ゴミ」という言葉を使うことで「捨てる」という行為を正当化してしまいます。あくまでも「捨てているのは栄養、ごちそう」なのです。栄養だからこそ堆肥化できるのです。
フードロスを削減するアイデアにも活用できますね。

[たとえ話:その3]・・・・雪は天からのゴミ

冬になるといつも思い出すことがあります。
以前、北海道の美深町(旭川と稚内の間)というところに講演に出かけた時のことです。
何と氷点下29℃。こんな寒さは初めてでした。この温度では少々踏みつけても雪が溶けず、まるで砂のような感覚でした。
スッテンコロリンと転ぶどころか、摩擦ですべらないのです。また自動車の窓に六角形の結晶がそのままの形でくっつくのを見たとき、涙が出てきました。

そのとき、気づいたのです。雪は天から降ってくるゴミだということに。
辺りかまわず、すべてを真っ白にしてしまいます。
しかし、この雪というゴミは春になると素晴らしい水資源になります。

人間の排出するゴミも本当はこうでなければと思いました。事実、ゴミというのは資源そのものです。
ぜひとも有効に使いたいものです。

[たとえ話:その4]・・・・天国と地獄の食事

<地獄>という名札の出ている部屋の中。
テ-ブルにはご馳走一杯あります。
みんな長い使いにくい箸を持っています。
長い箸を持った人々はそれを振り回し、なかなか口に入れられなくて、いらいら焦り、怒っています。
隣りの部屋でも同じようにテ-ブル一杯のご馳走があり、みんな長い使いにくい箸を持っています。
なぜか、人々はその箸を使ってニコニコ食べています。
よく見ると自分で自分の口に入れているのではなく、相手の口に互いに入れ合っているのです。こうすれば、みんなが食べられるし、そして互いに喜び、感謝し合えるのです。
部屋の入口には<天国>という名札がついていました。

有名なお話しなので、ご存知の方も多いでしょう。私は、このお話しを聞いたとき、涙が出るほど感動したのを覚えています。

ところで、皆さんのお箸の長さはどのくらいでしょうか?
そのお箸は、どこまで届くでしょうか?
家族までですか?
友人たちまでですか?
地域の人までですか?
アジアまでですか?
アフリカまでですか?
地球全部ですか?
それとも、宇宙の果てまでですか?

偉そうなことを尋ねていますが、私は「アフリカまで届く箸を持っている」とはとても言えません。持っているときもありますが、つい短いお箸に持ち替えてしまうことが多いのです。

私としては、共感範囲を広げていくことで、少しずつ長いお箸がもてるようになりたいと思っています。
このお箸を地球全部に届くようにすることがSDGsの願いなのです。

次の2つは、ビジネスマンや会社を経営している人に効果的なお話です。
社長さんや上司のみなさんに伝えてみてください。

[たとえ話:その5]・・・・廃棄物はお金である

私が環境経営でよく使う「たとえ話」です。

「環境を守るために廃棄物を減らそう」。
確かに大切なことですが、この呼びかけでどれだけの人が実行に移すでしょうか。
この呼びかけは、「社会問題の解決と経済発展の両立」を目指すSDGsに不可欠な要素に結びつくのです。

1千万円で資材を仕入れて製品を製造し、廃棄物が20%出た。そして廃棄物処理コストが20万円かかった。
これはよくある話で、何ら疑問を感じない人が多いと思います。しかし「20%を捨てるということは200万円というお金を捨てていること」に気づかなければなりません。

1万円札を1千枚仕入れて、200枚捨てているのです。そして捨てたお金に対して、20万円もの処理費用を支払わなければならない。
何ともったいないことでしょう。
この捨ててしまっている200万円を100万円に、そして50万円に減らしていくのは環境を守るためだけでしょうか。これは明らかに経営者・企業人の仕事ですね。

お金は寂しがり屋で、お金を大切にしてくれる人のところに集まるものです。廃棄物と称してお金をジャンジャン捨てておいて、「ちっとも儲からない」では少々虫が良すぎるのではないでしょうか。

私が環境経営の話をすると、「環境に配慮していくら儲かるのか」という質問が必ず出てきますが、実は、環境に配慮していないために、今この瞬間にもどんどん損をしている(お金を捨てている)のです。

私たちは、廃棄物という言葉を使うことで、捨てることを正当化してしまいます。この世に廃棄物なるものは存在せず、すべてが資源であり、誤解を恐れずにいうならば「廃棄物=お金」なのです。

同じビンや缶でも、工場の倉庫にある時は「資材」といわれ、路上や埋め立て地にある時は「ゴミ」や「廃棄物」と呼ばれるのはなぜか?

このような疑問を持つことが「環境経営」「環境に優しい会社」、ひいてはSDGs達成への第一歩です。

両面コピーは、資源の節約だけでなく「紙代が半分になる」。
消灯すると、エネルギーの節約だけでなく「電気代が少なくなる」。

環境に関する法規制が目白押しです。
近い将来、さらに多くの環境に関する税も導入される可能性があります。
これらを個別にとらえると「法規制ばかりでコストが増大するばかりだ」という被害者意識に陥ってしまいます。

ここで例えば「容器包装リサイクル法で必要とするコストは、会社全体の廃棄物量を減らすことで捻出した利益でまかなう」と考えるのです。

これからも環境に関わる規制は、ますます強化されるでしょう。
もったいない精神を発揮し、「調達した資材(資源)をいかにして有効に使うか、また使い切る方法はないのか」をとことん考え、実践することが、利益を確保し、結果として「環境に優しい企業」になる最短の道なのです。

[たとえ話:その6]・・・・廃棄物を回収するコストとリスク

廃棄物を回収するには、コストがかかり、リスクも大きくなる。
こんな説明をよく聞きます。

しかし、これは「出てきたものをどう処理するか?」というハッキリ言って過去の発想です。
次のことをイメージしてください。
あなたは、ガケの近くで1万円札を手にとって眺めていました。
その時、突風が吹き、1万円札がガケの下に落ちてしまいました。目をこらすと、100mくらい下の岩場に1万円札が小さく見えます。
社長が言いました。
「きみ、あの1万円を回収しなさい」と。
あなたは応えます。
「1万円札を落としたのは申し訳ありませんでした。しかし社長、あれを回収しに行くには危険(リスク)が大きすぎます。レスキュー隊を呼ばないと無理ですし、場合によってはヘリコプターが必要です。1万円を回収するのに何百万円もかけるのはどうかと思いますが・・・・」

もっともらしい理屈ですね。
でも、1万円札を糸でつないでいたらどうでしょうか。
下に落ちても、糸を引っ張り上げたらいいだけですね。
もし、「ガケの近くにお金を持っていかないこと」という規則を作っていたらどうでしょうか。
そもそも1万円札が落ちることはありませんね。
これが予防原則です。

「出てきたものをどう処理するか」から「出ないようにするにはどうするか」への発想の転換が、どうして必要なのか、そしてそれがリスクとコストの低減につながることがお分かりいただけたでしょうか。

以上のように何かを伝える場合、「相手の理解できないことを理解できるように話す(書く)」「相手のイメージできないことをイメージできるように説明する(描く)」ことが大切です。

そのためには、たとえ話がとても効果的です。皆さんも、ご自分なりの「たとえ話」を創ってみてはいかがでしょうか。
と口で言うのは簡単ですが、実際に創ろうとすると、かなりの知識と理解が必要であることが分かります。
たとえ話の最大の効用は、“自分自身のために大いに役立つ”と言うことなのです。

あなた自身がしっかり勉強し、できることを実践し、分かってもらえるよう努力している姿は、必ず周囲の人に伝わります。
言葉だけで伝えようとしても伝わらず、生き様が伝わる。
伝えるのではなく伝わる。

いつかきっと、このことが実感できるはずです。
次回は、「まだ実践をためらっている人にどう伝えるか」について考えてみたいと思います。

コラム著者

サステナ・ハース代表、おおさかATCグリーンエコプラザ環境アドバイザー

立山 裕二