SDGs取り組み事例

トレジャーカンパニー vol.23

  カゴメ株式会社 

会 社 名:カゴメ株式会社
所 在 地:愛知県名古屋市
代表取締役社長:山口 聡
設  立:1899年
主な事業:調味食品、保存食品、飲料、その他の食品の製造・販売、種苗、青果物の仕入れ・生産・販売

土着天敵を活用し、生きものと共生する農場づくりを 推進する「カゴメ」

畑の害虫駆除には農薬の使用が一般的ですが、その農薬が生物多様性に深刻な影響を及ぼしており、受粉を助けてくれる有用な昆虫も減少しています。

農薬の使用を減らすことが課題になるなか、土着天敵による害虫防除の試みが始まっています。長野県の「生きものと共生する農場」で、土着天敵を使った害虫防除の実験を進めるカゴメ株式会社。

今回は品質保証部 環境システムグループの綿田さんに、「生きものと共生する農場づくり」を中心に、カゴメと農業の関わり方や気候変動対策についての取り組みなどについてお伺いしました。

企業理念に盛り込まれている自然生態系の尊重

綿田さん:カゴメは、1899(明治32)年に愛知県で創業し、当時は珍しかったトマトをはじめとした西洋野菜の栽培から始まりました。1903(明治36)年には、トマトソースの製造を開始し、120年以上の間、自然の恵みを活かした商品を作り続けてきました。

企業理念は、感謝、自然、開かれた企業ですが、その中でも感謝には「私たちは、自然の恵みと多くの人々と出会いに感謝し自然生態系と人間性を尊重します。」とあります。カゴメの事業は、野菜が育つ畑や、野菜づくりに携わる農家さんがあってこそであり、生態系を守ることが、企業として重要な基本理念となっています。

創業者蟹江一太郎直筆(提供:カゴメ)

事業に関しては、野菜に関する飲料、食品、生鮮など幅広く製造販売していますが、特徴的なこととして、飲料・食品メーカーには珍しく野菜づくりから手がけていることです。

カゴメにとってトマトをはじめとした野菜を作る畑は、第一の工場です。安全で高品質な原料をつくるには、野菜づくりから関わることが重要だと考えており、特にトマトなどの一部の野菜は種子や土づくりから取り組んでいます。カゴメには契約農家さんにトマトの生育状況を見てアドバイスを行う栽培指導員がいることも特徴の一つです。

日本の緑黄色野菜消費量の17.9%はカゴメが供給

長年、野菜づくりから携わってきたこともあり、現在では、日本の野菜消費量(淡色野菜+緑黄色野菜)の4.7%をカゴメが供給しており、緑黄色野菜消費量にいたっては17.9%をカゴメが供給させていただいています。(※)

※出典:VEGA-DAS(カゴメ野菜供給量算出システム)、農林水産省「食料需給表」(令和2年度概算値)

(提供:カゴメ)

もしも、さまざまな要因により、カゴメが野菜加工品を供給できなくなってしまうと、お客さまが、健康維持のための野菜を手軽に摂れなくなる恐れがあります。野菜加工品を持続的に安定供給していくことは、社会的使命でもあると考えています。

気候変動は事業継続にとって最大のリスク

――近年、地球温暖化や干ばつ ・ 洪水など異常気象が世界で多発していますが、御社にとってこうした気候変動は、どのようなリスクがあるのでしょうか?

綿田さん:気候変動は、作物の生育や収穫に大きく影響します。万一、野菜が作れなくなってしまった場合、カゴメの事業継続にとって最大のリスクになります。良い原料を継続的に確保するためにも、自然環境を守ることは非常に大きな課題です。

そこで、今後も予想される気候変動に対して、どのようなリスクがあるのかを検証するため2019年、TCFD提言に基づいてシナリオ分析を行いました。

まず、カゴメにとってのリスクを抽出し、項目ごとに大・中・小の3段階で評価しました。

以下の表にもありますように、移行リスクと物理的リスクの2つに分類し、具体的なリスク項目を抽出しました。 その中で事業インパクトが大きかったものが黄色の7つ項目です。

(提供:カゴメ)

これら7つのリスク項目に対して、対応策と機会を設定し、リスク回避に向けて取り組んでいます。

このシナリオ分析は、第3次中期経営計画(2022~2025年度)における環境マネジメント計画にも反映させており、優先順位を決め具体的な課題に落とし込み、活動をすすめています。

年間4万種の生物が絶滅する現代

――シナリオ分析の中で、生物多様性の減少がリスク大になっています。生物多様性の減少リスクについて、教えてください。

綿田さん:地球にはわかっているだけで約175万種もの生物がいます。まだよくわかっていないものも含めると3,000万種以上が存在するといわれていまして、それらが「食う・食われる」の食物連鎖等でつながっています。

しかし、世界では、年間4万種の生物が絶滅しています。昆虫に関しては、27年間で76%も減少したという報告もあります。何らかの対策を取らなければ、世界の昆虫の40%以上が絶滅するという論文もあります。(2019年4月 Biological Conservationより)

――昆虫が減少すると作物に対してどのような影響があるのでしょうか?

綿田さん:昆虫は、多くの植物の受粉を助けています。もし、ミツバチなどの花粉を運んでくれる昆虫がすべていなくなると、世界の主要作物107品目のうち、85%において生産量に大きな影響が出ると予想されています。

出典:農林水産省「農林水産分野における生物多様性取組事例集」

このように生物多様性が減少している原因として、日本では4つの危機が示されています。その中に「農薬等による生態系の撹乱」がありますが、農薬散布により、作物に害を与える生物以外の昆虫も殺してしまうため、受粉を行う有用な昆虫が減少しているのが現状です。

こうした危機を踏まえて、農林水産省(以下、農水省)は、2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を公表し、2050年に化学農薬使用量を50%に削減する目標を掲げました。

土着天敵を活用した害虫防除技術

――化学農薬使用量を減らすには、どのような方法があるのでしょうか。

綿田さん:農薬だけに頼らない防除方法として、IPM(総合的病害虫管理)があります。この中には防虫ネットや抵抗性品種の使用など、さまざまな方法がありますが、カゴメは天敵生物をうまく活用することで、作物にとっての有害生物を防除する、土着天敵に着目し、「生きものと共生する農場」で活用技術の確立に向けて活動しています。

(提供:カゴメ)

土着天敵とは、畑の作物にダメージを与える害虫を捕食する昆虫のことです。その地域にいる天敵が生息しやすい状態を作ることで、自然と集まってくる環境をつくり、害虫防除を行うものです。

その土地の生物をうまく活用すれば、自然生態系を壊すことなく、農薬の使用量を減らせるという仕組みです。

農水省の「みどりの食料システム戦略」にある、化学農薬の使用量削減に向けたロードマップにも、2030年に土着天敵を活用した害虫防除技術の確立が示されており、国としても積極的に推進する取り組みとなっています。

害虫のアザミウマを捕食する天敵のヒメハナカメムシ

害虫のダニを捕食するニセラーゴカブリダニ

出典:農水省 土着天敵を活用する害虫管理 最新技術集

土着天敵が集まりやすい環境整備

――「生きものと共生する農場」では、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?

綿田さん:「生きものと共生する農場」は、長野県諏訪郡富士見町のカゴメ野菜生活ファーム富士見のなかにあります。下の写真の赤の点線で囲んだ1.2haが、実験農場となっています。具体的には、土着天敵が集まりやすいように、畑のまわりにさまざまな仕掛けを行なっています。

長野県諏訪郡富士見町のカゴメ野菜生活ファーム富士見の全景(写真提供:カゴメ)

最初に行ったのが、畑のまわりに在来の多様な植物を植えること。その地域に生息する植物の種子を採取することから始まります。発芽させて苗を育て、45種類、約10,000本を畑の畦に植えました。鳥たちが止まれる低木も15種、60本を植樹。植物や木々が定着するにあわせて、今後昆虫が増えてくれることを期待しています。

在来植物を畦に増やすまでの流れ(写真提供:カゴメ)

次に、畑のまわりに天敵が集まりやすい仕掛けを設置しました。

刈草を畦に積んだところには、クモなど天敵23種がみられました。大きめの石を積んでおくと、ゴミムシやクモなど14種の天敵生物が利用し、竹筒を束ねておくと、筒のなかにドロバチが巣をつくります。

コンクリート製のU字溝は、表面がつるつるしているため、昆虫やカエルが落ちてしまうと、そのまま流されてしまいます。それを救助するためにシュロ縄を木の枝に結んでU字溝に垂らしておくと、そこを伝って溝から脱出できます。

近くの木にはシジュウカラの巣箱を設置。畑ねずみやもぐらなどの害獣を捕食してくれるフクロウやノスリなどの猛禽類の止まり木も立てています。

飛来するフクロウなどを確認するため、センサー付きの定点カメラを設置していますが、日中にノスリ、夜間にはフクロウが止まり木にとまっている様子が確認できています。

これらの取り組みは、定期的に観測や調査を行い、改善策を練り、実施するといった一連の流れをループさせており、土着天敵がより多く生息できる環境づくりのノウハウを蓄積しています。

土着天敵を活用した害虫防除技術が確立できてくれば、作物の栽培研究に熱心な篤(とく)農家さんで実践してもらいます。さらに、ガイドブックにまとめ、カゴメ野菜生活ファーム外の契約農家さんにも指導を広げて、普及に努めていく計画です。

農水省の実験農家では農薬散布が大幅に減少

――土着天敵を畑の周囲に集める技術のほかに、今後計画していることがあれば教えてください。

綿田さん:現在行っているのは、畑の周囲に土着天敵を増やす試みですが、次は、育てる作物の隣に天敵が温存できる植物を植えて、天敵をさらに身近に増やす実験の準備を今年からスタートさせています。

この方法は、農水省の土着天敵を活用する害虫管理最新技術集などで紹介されているものであり、ナスなどでは効果が確認されているものです。

例えば、ナスを栽培している隣の畝(うね)に、天敵の温存植物となるフレンチマリーゴールドを植えます。そこには、ナスに集まる害虫を餌とする天敵ヒメハナカメムシ類が増殖しやすいため、捕食が増えて、農薬の使用を減らすことができるという仕組みです。

実際に農水省がプロジェクトで実験栽培を行ったナス農家さんのコメントとして

・収量は以前と変わりありませんが、農薬の散布回数が約半分に減った。
・天敵利用を始めて4年目、農薬の散布回数が4分の1くらいに減った。
・殺虫剤の散布がかなり少なくなり、楽になったので、高齢だけど、天敵利用ならもう少し、栽培を続けられそう。
・農薬の使用回数が激減したことで、経費が抑えられ、被ばくや労力が減りありがたい。

カゴメでは天敵温存植物の利用をトマト栽培に応用して、ナス農家さんのコメントにあるような成果を得られるように実験を進めていきます。

自然生態系について、子どもも大人も楽しく学べるクイズラリー

――カゴメ野菜ファーム富士見では、子どもたちが体験できるイベントも多いようですが、生物多様性を学習するプログラムはあるのでしょうか?

綿田さん:「生きものと共生する農場」の周囲に14枚のクイズ看板を設置しています。1〜14のクイズ看板は土着天敵が生息しやすい仕掛けの近くに設置されていて、クイズラリーに挑戦しながら、生きものや生物多様性を学べます。解答用シートに、ヒントを記載しているため、小学生でも解答いただけ、答え合わせ用の資料には、解説をつけて、学習の幅を広げています。

大人の方でもお楽しみいただける内容ですので、ご家族で学習していただけます。

楽しみながら生物多様性が学べる「生きものと共生する農場」の看板(写真提供:カゴメ)

クイズ2「竹筒マンション」の看板(写真提供:カゴメ)

クイズラリーに挑戦する子供たち(写真は富士見小学校の4年生 写真提供:カゴメ)

カゴメ野菜生活ファーム富士見では、野菜の収穫体験や隣接する富士見工場の見学など、さまざまなイベントを行っています。地元の食材やカゴメ特製の「野菜だし」をふんだんに使った本格イタリアンが楽しめるレストラン、約120種類のカゴメ商品やノート・手ぬぐいなど20種類以上のオリジナルグッズを販売するショップなど、子どもも大人も楽しめる施設になっています。お時間があればぜひお立ち寄りください。詳しくはこちら

(写真提供:カゴメ)

事業の持続的成長と、社会の持続的な発展の両立を目指す

――御社のSDGsの取り組みについて教えてください。

綿田さん:カゴメが重点的に取り組む社会課題は「健康寿命の延伸」「農業振興・地方創生」「持続可能な地球環境」です。

飲料・食品メーカーでありながら、農業から価値を形成するユニークな企業として、自然の恵みのおいしさ・栄養価値を活かした商品やサービスを提供することで、社会課題の解決に貢献し、持続的な企業価値の向上を実現することを目指しています。

そのなかで、一部SDGsにも貢献できる点があるという流れで、以下のように紐付けして表しています。

(提供:カゴメ)

カゴメの2025年のありたい姿は「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」です。事業活動を通じて社会課題解決に取り組むことで持続的に成長し、社会や自然とともにあり続けることを意味しています。この考え方がカゴメの「サステナビリティの考え方」であり、持続的な成長のために、これからもマテリアリティをはじめとした様々な課題に取り組んでいきます。

<取材を終えて>

生物多様性が低下し、年間4万種もの生物が絶滅しているという数字はショッキングでした。その原因のひとつが農薬の使用であり、使用量を減らすための対策が、土着天敵を活用するという一見すると原始的な発想にさらに関心を持ちました。

自然を力づくで押さえ込むのではなく、自然をリスペクトし、共生をはかるため、内在する力をうまく活用する。それが、土着天敵を活用した害虫防除技術であり、この発想の転換は、他の分野でも生かせるヒントになるのではないか、そんなことを教えていただいた取材でした。